NHKの新朝ドラマ「ちむどんどん」の主人公の、比嘉暢子さんが注目されています。
実在モデルは誰なのかや、wikiプロフ(読み方)情報などが、知りたい人は多いのではないでしょうか(*^^*)
沖縄県の本土復帰50年となる2022年、琉球を舞台に料理をテーマにしたドラマ内容なのですね^^
ヒロインの比嘉暢子さんを、黒島結菜さんが演じています。
「マッサン」の作者である、羽原大介さん脚本のオリジナル作品です。
今回は、比嘉暢子の実在モデルは誰なのかや、wikiプロフ(読み方)・生い立ちから生涯などについて見ていきましょう。
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目次
比嘉暢子の実在モデルは誰かいる?
<朝ドラ>「カムカム」の次は「ちむどんどん」 返還前の沖縄からスタート ヒロイン・比嘉暢子はどんなキャラ(MANTANWEB)
黒島結菜ちゃん頑張って❣️ https://t.co/X5TxHHkzJb— 藤花 (@HFs50XoYtnixfdL) March 13, 2022
比嘉暢子の、実在モデルは誰かいるのか紹介します。
オリジナル脚本と言われているので、具体的に一人のモデルがいるわけではありません。
故郷を遠く離れて、厳しい状況の中で頑張って戦うすべての人をモデルとしているようでもありますね。
働くために上京していた、沖縄出身者も多かったという戦後の東京。
比嘉暢子と同じような、経験をしたことがある方は多くいるのではないでしょうか。
沖縄料理をテーマにしたのは、きっと故郷を一番強く感じられるのが料理だったからでしょう。
味覚で思い出す記憶って誰にでもありますが、沖縄料理は独特の味付けや調理法があるのでより特徴的です。
実は、一部で「琉球料理・美栄」の創業者の「古波蔵登美(こはぐら とも)」さんが、実在モデルだと言われています。
決定ではありません。
それは、脚本家の羽原大介さんのオリジナル作品ということで、本来であれば登場人物たちは全て架空の人達だからです。
ですが、生い立ちから生涯までのストーリーで似たような人生を歩んでいる女性が古波蔵登美さんが居るということで実在モデルに近いのではと囁かれているのですね(*^^*)
「ちむどんどん」の朝ドラは、沖縄料理で遠く離れた家族とのやり取りを思い出し、故郷を懐かしむ暢子の姿に遠く離れた地で頑張っているすべての人に頑張る力を与えられるドラマでしょう(*^^*)
今の厳しい飲食業界を応援する意味合いもあると思います。
大人になっていく比嘉暢子の成長に、自身の成長を重ねていく人に対してのエールでもある作品に仕上がっています。
比嘉暢子のモデルはなぜ稲垣来泉?
比嘉暢子の子供の頃のモデルは、なぜ稲垣来泉さんなのか紹介します。
名前を「くるみ」と読む子役の女の子です。
現在11歳の稲垣来泉さんは、父親を失って母親と主に兄妹で家計を支える小学生時代を演じます。
11歳にしてCMやドラマ、映画などに出演するなどかなりの経歴を持つ実力十分の子役なのですね(*^^*)
大人っぽい雰囲気のかなにも可愛らしい雰囲気を持つ子役ですので、黒島結菜さんと雰囲気が近いでしょう^^
笑顔がふんわりしているところも似ていますね(*^^*)
暢子はマイペースでのんびりした性格という設定です。
なので、稲垣来泉ちゃんは、ふんわりした可愛らしい雰囲気が比嘉暢子の子供の頃のモデルとしてぴったりです。
農家の手伝いや料理など、演技の中で大変なこともたくさんありますが色々なことに挑戦できるので成長も楽しみですね。
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比嘉暢子のモデルはなぜ黒島結菜?
比嘉暢子のモデルは、なぜ黒島結菜さんなのか紹介します。
それは、同じ沖縄県出身ということが大きいです。
24歳の黒島結菜さんは、「アオイホノオ」や「カツベン!」などに出演し、第43回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞している実力派女優です(*^^*)
NHKでは、「マッサン」、「アシガール」、「いだてん~東京オリンピック噺~」などに出演しています。
「ちむどんどん」のキャスト陣の起用に関しては、方言や独特の文化のある沖縄の風土を表現するにはやはり沖縄出身の人選が基本なのでしょう。
実在モデルこそ誰も居ないと言われていますが、オリジナルのストーリーにしては洗練されていますし、実際に料理人として似たような境遇を過ごした女性も沖縄でいるでしょう。
そうですね、「古波蔵登美」さんのようにです(*^^*)
母親役も沖縄出身の仲間由紀恵さんですし、沖縄出身で実力も存在感のある女優さんということで黒島結菜さんが抜擢されたのでしょうね^^
「ちむどんどん」について報じている琉球新報によると、黒島結菜さんは比嘉暢子と同じ気持ちで好きな人と美味しい食事を食べる時なのだとか。
「好きな人と旨いご飯を食べることは活力につながる」と話しており、すでに暢子と同じ境地にいるように感じます。
東京の家で妹と同居していて、比嘉暢子と同じ料理担当をしているのだとか。
得意料理はフ―チャンプルーで、妹が帰ってくる時間も計算しながらご飯の支度をするなど調理担当もプロの域なんですね(*^^*)
今回の配役についても「おかしいと思ったことを違うと言ったり、自分の主張で周りが見えなくなったりするところが似ている」と話しています。
比嘉暢子と似たような境遇も経験しており、性格面でも似たところのある暢子を演じるにはぴったりの配役だったんですね。
比嘉暢子の読み方について
比嘉暢子の読み方を紹介します。
沖縄独特の氏名なのでしょうか。
比嘉という名字は、琉球人に多いです。
また、地名としても比嘉は存在しており、沖縄県内での最多の苗字ともいわれるくらい沖縄県内では一般的な名前となっています。
比嘉さんという人は全国に約5万人ほどいるのだとか。
漢字を見てみると、嘉という字が特徴的ですね。
「嘉」は下の口が加に変化したもので、楽器を現す「壴(しゅ)」と農機具のスキを表す「加」を組み合わせた漢字です。
器にたくさんのごちそうを盛る様子を表すめでたい漢字だと言われています。
比嘉という読み方は、「東(ひがし)」を連想させることもありますね。
沖縄では古来より東にニライカナイという神の国があると信じられており、東は神聖な方角なんだとか。
神聖な言葉に近い音を名前に使うことも、ゲン担ぎのような意味合いだったのでしょう。
名前の暢子は、「のぶこ」の他に「ひろこ・あきこ・ようこ」とも読みますね。
申は伸びるという意味を持ち、昜は台座の上に置かれた宝玉という意味なんだとか。
組み合わせると、宝玉の光で精気を得て寿命が延びるという意味になり、とても縁起の良い名前なんですね^^
比嘉暢子の読み方の「ひが のぶこ」は、長生きして欲しいという両親の願いがこもった素敵なネーミングです。
比嘉暢子のwikiプロフ!
比嘉暢子のwikiプロフを紹介します。
NHKのドラマ公式サイトによると、ヒロインのキャラクター設定は以下のような基準がありました。
- 沖縄本島北部、やんばる地方出身
- 実家は農家
- 4人兄妹の次女(兄、姉、妹)
- のんきでマイペース
- 潔くまっすぐなところがあり、喜怒哀楽がはっきりしている
上にも下にも兄弟がいるとなると、なかななほおっておかれてしまいそうな位置です。
その分マイペースでのんびりした子なのでしょうね^^
実家はサトウキビなどを生産する農家なんだとか。
1960年代の沖縄の風景としては、一般的な沖縄の家庭だったのでしょう。
【比嘉暢子のwikiプロフィール】
- 名前:比嘉暢子(ひが のぶこ)
- 本名:比嘉暢子(ひが のぶこ)
- 生年月日:1954年
- 年齢:18歳
- 出身地:沖縄県
年齢に関しては、高卒で上京して料理人になるために修業を始める話なのですが、その年が本土復帰の1972年となっています。
1972年に高校を卒業する18歳ということで生まれ年を1954年としました。
比嘉暢子の特技や趣味としては、運動が得意で食べることが好きという設定です。
食べることが好きで一家の、料理担当だったことから料理人を目指すストーリーです。
比嘉暢子の生い立ちから生涯を紹介!
比嘉暢子の、生い立ちから生涯を紹介します。
沖縄の自然豊かな環境で暮らす、4兄妹の次女です。
母親は定食屋の娘として育った料理上手なおおらかな人物です。
父親も料理が得意という設定なようですので、比嘉暢子たち兄妹のおふくろの味はとても美味しいでしょうね(*^^*)
兄は勉強が苦手で素行も悪いが家族思いということです。
トラブルメーカーと言われる存在のようですが、豚をこよなく愛するなど面白い面もあるのだとか^^
姉は勉強もできる優等生で、小学校の教員を目指します。
妹は病気がちでシャイな性格です。
歌が得意で家族の癒しになっている存在なのだとか。
そんな家族と過ごす比嘉暢子の生い立ちは、小学生の時に父親を失い働く母親を支えるために料理担当を始めたことが料理に触れたきっかけなのだとか。
家族で一番食べることが好きで、遊びと言えば自然の中で「何かを採って食べること」だったのですって。
料理人を目指すきっかけは、一度だけ家族で食べたレストランの西洋料理が忘れられなかったことが大きいようです。
高校を卒業し、西洋料理のシェフになるために上京することを決めた暢子は有名レストランの厨房で働くことになります。
下宿先は神奈川県横浜市鶴見区です。
鶴見は戦前から上京した沖縄出身者が多い地域なんだとか。
兄妹とはすれ違ったり支えたりしながら成長し、「東京で沖縄料理の店を開きたい」と思うようになります。
店を開くための奮闘も合わせ、兄妹の50年を描く作品となっています。
比嘉暢子のまとめ
比嘉暢子の実在モデルは、誰なのかというのは公表されていません。
それは、オリジナルストーリーなので架空の登場人物だからですが、一部では「古波蔵登美」さんではとも囁かれています。
ちむどんどんとは「チム(心)が高鳴る様子」を表現した沖縄県の言葉で、前向きなわくわく感を表現する言葉です。
郷土料理の店で実際に店名として多く使われているので、ネットで検索すると最初にヒットするのは飲食店だったりします。
新しい西洋料理に心躍らせ、東京で料理人として成長していく暢子は、恋も経験して大人になっていくのですね。
兄妹との思い出や絆を振り返りつなぐきっかけとなるのが、故郷で家族と食べた沖縄料理でした。
沖縄料理を東京でも食べられるようにしたいという、暢子の思いがどのような形でかなうのかが特に注目です。
比嘉暢子の実在モデルは誰?wikiプロフ(読み方)!生い立ちから生涯を紹介!
についてまとめてみました。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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